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自然科学が自然現象の法則性を記述するのに対して人文科学は歴史的所産の意味を解釈するという枠組みを当てはめると,プリーニウスの『博物誌』の姿勢は「人間も含めた自然の諸事象を解釈しようとする」ものだと言えそうな気がしているが――というかこれはこの前のConteのプリーニウス論のほとんど受け売り的なので――もう少し自分の言葉に落とし込みたい.

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Ariadna

古典という迷宮の誰が辿るとも知れぬ糸
Niceratus Kiotensisが学術,とくに西洋古典文献学関係のメモとか書誌情報とかを細々と記録したりするためのおひとり様インスタンスです……が,卒鳥への動きに伴いもっと自由な運用になってきています.このインスタンスについてもっと詳しく.