期間限定で公開されている.前置きがやや長いが,日本の古典と中世の注釈伝承の重要性についてとてもわかりやすくまた面白く書かれている.
「昔の人は教養があったのか」「注釈学事始め」を期間限定全文公開
前田雅之『なぜ古典を勉強するのか 近代を古典で読み解くために』(文学通信) - 文学通信|多様な情報をつなげ、多くの「問い」を世に生み出す出版社 bungaku-report.com/blog/2018/0

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これはとてもいい定義だ.
「注釈書があること、これが私の考えでは、古典であるか否かの分かれ目である。これは日本のみならず、古典的書物をもった前近代文明社会ではどこでもいえることだ」

注釈があることが古典の条件なら,注釈を書くことで何かを「古典」にすることもできるかもしれない(し実際に行われてもいるだろう).

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Ariadna

ふんふん~♪