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イタリアの小説家アレッサンドロ・マンゾーニ(1785-1873)の『婚約者』(I promessi sposi, 現行の邦題は『いいなづけ』)決定版には,『汚名柱の記』(Storia della colonna infame)という作品が付加されている.
これはペストの流行する1630年のミラノで,毒物を使って疫病を流行させた「ペスト塗り」の嫌疑をかけられ無実の人々が処刑された事件を,当時の裁判記録を駆使しながら描いた歴史作品.方言が交じった一筋縄でいかないイタリア語の会話文や引用される当時のラテン語資料などなかなかの難物なのだけれども,自白の強要と冤罪という(残念ながら)今なおアクチュアルな主題を扱っていておそらく多くの人の関心を集めうると思われるので翻訳が出てほしいところ(最近刊行された霜田洋祐『歴史小説のレトリック
マンゾーニの〈語り〉』(gnosia.info/@ncrt035/997994869 )に収められている記事と自分自身で読んだことのある範囲での感想に基づきます).

この事件当時はまだ制度としての拷問が存在していて,作中には法学者たちの拷問に関する見解や後の啓蒙思想家ピエトロ・ヴェッリ(1728-1797)のこの事件に対する考え方の批判的検討などほとんど論文風の箇所もある.冤罪の原因を拷問に見出したヴェッリに対して,マンゾーニは,たとえ制度上の拷問が存在したとしても,供述の矛盾などから当時の判事たちには正しい判決を下すことができたはずなのに,彼らが責任を放棄して「ペスト塗り」というスケープゴートを求める風潮に呑まれてしまったことを明らかにしていく.

ちなみにタイトルの「汚名柱」というのは,実際に「ペスト塗り」の嫌疑をかけられ処刑されたジャンジャコモ・モーラという人の家が取り壊された跡にその罪を記録するため建てられた柱で,それが後には逆に当時の判事たちの不名誉を伝える皮肉なものとなった.

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Ariadna

古典という迷宮の誰が辿るとも知れぬ糸
Niceratus Kiotensisが学術,とくに西洋古典文献学関係のメモとか書誌情報とかを細々と記録したりするためのおひとり様インスタンスです……が,卒鳥への動きに伴いもっと自由な運用になってきています.このインスタンスについてもっと詳しく.