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Chrome派「Edgeなのはいけないと思います!」

プロメーテウスが人間のためにしてやった発明の中で「数」と「文字」は並べて挙げられている.

καὶ μὴν ἀριθμόν, ἔξοχον σοφισμάτων,
ἐξηῦρον αὐτοῖς, γραμμάτων τε συνθέτεις,
μνήμην ἁπάντων, μουσομήτορ' ἐργάνην.

更にまた数――工夫のうちでも至高のもの――を
彼らのために案出してやった.それから詩(ムーサ)を生み出す匠なる,
全てを記録する文字を組み合わせる技術もだ.

『縛られたプロメーテウス』459-461行

もうちょっとだけ仕事してから少し絵を描こう

このもう3行後(Aen.10.704)でpr(a)egnansというMの読みにMˣでpraegnasとなっている旨G.B.Conteの新しいTeubner版では報告されているがちょっと確認できない.

ウェルギリウス『アエネーイス』10巻701行(M=Mediceus Laurentianus lat. plut. XXXIX, 1; 5世紀頃) Show more

Biblioteca Medicea LaurenzianaのDigital Repositoryが長らくメンテ中で使いにくい旧版しか提供されてなかったが,復活していたようだ.
mss.bmlonline.it/

新しい技術に対応していくか否かは個人の自由だけども,対応できずまたする気もない人に限って色々権力のあるポジションに就いているので,表面化しない形で下の人間が不便・不合理を被らされるケースは多い…

これ、ほんとにそう思う。先日、70近いIT企業社長と話したとき、ご専門でもないのに、インフラ系の最新動向から機械学習・ディープラーニングの本質についてまでよく理解されてて、継続的な勉強の大切さをあらためて思い知った。
twitter.com/shikichee/status/1

ビザンツ時代のギリシア語版オウィディウスの断片.P.E. Easterling and E.J. Kenney (1965), Ovidiana Graeca : fragments of a Byzantine version of Ovid's amatory works.

就職話のところで昔お世話になった数学科のDの人を思い出した(お元気だろうか) あと動きがいちいちかわいい
youtube.com/watch?v=1NyG0JWKX3

……ただ,データを整理したりツールを用意することと何か研究を興していくこととはスパッと分けられる(分けるべきである)とは思わないし,況して上下関係にあるなんてことはないと思うんだよな.支えるというより何か相補的なものと考えておいた方が良さそう(こう感じるのは20世紀初め頃の「哲学と文献学の不幸な対立」について調べ物をしたからかもしれない).

公開された研究データを収集しミッシングリンクを埋め,分野に応じて束ねていく知識基盤の存在(この辺りが実際にどういう風に構成されているかについては大向先生のお話)は,先のBoeckh的枠組みをもう一度思い浮かべるとにおける「認識されたもの」としてのデジタルデータを整備するという,これからの時代の人文学を支える重要な役割を担っていることになる.

過去の文献学が被った根本的な変化3点として(1)「古典古代学Altertumwissenschaft」の発展,(2)キリスト教文献研究と古典文献学の分離,(3)「文芸共和国Res Publica Litterarum」から各国のナショナリズム的競争への推移,が挙げられ,それと部分的に対応する形で文献学のこれからの変化3点として(a)デジタル空間で可能になることに照らしての文献学的手法の再発明,(b)宗教的文献と非宗教的文献の再統合,(c)ギリシア・ラテン語以外への古典の拡張,が示唆されていた.自分の関心というか普段携わっている範囲から行くと(a)に特に気を配って行くべきなんだろーなーという感じ.

東海道新幹線が遅れて途中参加だったり疲れがあったが「国際シンポジウム デジタル時代における人文学の学術基盤をめぐって」(21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/kibans/s )に行ってきたので一晩明けて振り返り.

Crane先生の講演(`Philology 2.0, the Smart Edition and The Future of Work')が文献学とは何かという冒頭の問いでA.Boeckhの「古代全般にわたる歴史的・哲学的認識universae antiquitatis cognitionem historicam et philosophicam」という定義から始めているのが面白かった.
「認識されたものの認識」というBoeckh的な文献学理解の枠組を当てはめると,この「(一度)認識されたもの=人間の精神的営為の表れ」という研究対象が,情報技術の進歩によって大きくその形態を変化させているのが現在の状況と言えそう.

自分の絵の最初のファンは自分だからファン裏切っちゃ駄目だよね

GitHubの見た目をWindows9x風に。スクリーンショット最高 / github.com/Athari/CssGitHubWin GitHub - Athari/CssGitHubWindows: (UserStyle) GitHub Windows Edition [MIT]

Ottoの本には補遺があった.
Szelinski, V.(1892), Nachträge und Ergänzungen zu "Otto, die Sprichwörter und sprichwörtlichen Redensarten der Römer", Jena.

books.google.co.jp/books?id=Ww

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Ariadna

古典という迷宮の誰が辿るとも知れぬ糸
Niceratus Kiotensisが学術,とくに西洋古典文献学関係のメモとか書誌情報とかを細々と記録したりするためのおひとり様インスタンスです……が,卒鳥への動きに伴いもっと自由な運用になってきています.このインスタンスについてもっと詳しく.