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村上記者のアバター騒動。

自作アバターにメロメロ 親バカな漫画家が“愛する我が子”を「ニコニ立体」に送り出すまで (1/4) - ITmedia NEWS itmedia.co.jp/news/articles/18

へー「2020年から全ての小学校においてプログラミング教育が必修化されることにともない、すべて子どもがプログラミングに触れ、一人でも学べる書籍を全国の小学校100校の図書室に届けるプロジェクトです」子どもプログラミング書籍を小学校100校の図書室に届けるプロジェクト、「プログラミング教育に関する推薦図書10冊」の寄贈の実施を発表 | カレントアウェアネス・ポータル
current.ndl.go.jp/node/36977

佐竹先生の基調講演「地震学と歴史学との連携による歴史地震研究」聴きたいなー|jinmoncom.jp/sympo2018/program

ちゃんと指導されたことのない教員はちゃんと指導することができない説,ある程度には正しいだろうけれども,100%正しいとすると永遠にちゃんと指導できる教員が誕生しないことになるのでそれはそれで事実に反する.

「ヘーゲル右派」のことを「ヘーゲル右翼」って書かれると!?ってなりますね

米・ハーバード大学、600万件以上の米国の判例データのAPIを公開 データの一括ダウンロードも可能に | カレントアウェアネス・ポータル current.ndl.go.jp/node/36975

何の気なしにWeltgedichtという合成語を「世界詩」と訳したけど,Weltgeschichteは「世界史」なので音もよく似ていてよい(?)

ストア派を中心に複数の要素が混ざり合った性格を認めることは,最近のK.Volkも書いているとおりでひとつのコンセンサスと言える.そうしたストア派的要素との対照性ということもあるが,特に随所でルクレーティウスとの対比を(ときに過度なほど)強調するのはおそらくドイツ語圏の先行研究であるRöschを大なり小なり意識してのゆえと思われる.マーニーリウスの詩的表現の特徴を分析し,所により積極的な評価を与えている点は重要だが,そうした詩という手段が真理の探究とどのような関係にあるかについては異論や更なる研究の余地が残されているようにも思われる.

詩人が自らの企てをどのようにイメージしているかの検討を通して,この詩において「学」と「詩」が分かちがたく結び付けられていることを確認(I)した後,巻の結び部分の分析によりマーニーリウスが実践している詩作の特徴(伝統的主題の継承と独自要素の追加)を明らかにする(II).続く2章(III, IV)ではratioとfatumのそれぞれがどのように理解されているかを扱う.マーニーリウスにおいてratioは世界を統べる神的な理法であると同時に,その真理へ到達するために不可欠な人間にそなわる「理性」でもあり,結果的には語彙としてルクレーティウス強く前提としていながらも,全く異質な「合理主義」が作り出されている.また万象を支配する運命の掟を認識するという目標は,精神の安寧(Ataraxie)と結び付けられている.厳格な運命論を支えるものとして描かれる歴史的事績の分析や,それがもたらす善悪の問題を検討した後,終章ではマーニーリウスの人間観が論じられる(V).人間の理性を高く評価し肯定的に捉える考え方の根底にストア派の思想を看取し,本作におけるこの学派の教えが重要な位置を占めていると考える.

Lühr, F.-F.(1969), Ratio und Fatum: Dichtung und Lehre bei Manilius, Diss., Frankfurt am Main.

世界を統一的な全体として描き出そうとする「世界詩Weltgedicht」の試みとしてマーニーリウス『アストロノミカ』を包括的に取り扱った研究史上重要な文献..タイトルに示されているとおりその分析の主軸には『アストロノミカ』のキー概念である「理性ratio」と「運命fatum」が置かれている.

ナニコレ | アカデミスト、月額課金型のクラウドファンディングサービス「academist Fanclub」をリリース | アカデミスト株式会社のプレスリリース
prtimes.jp/main/html/rd/p/0000

技術書典は“エンジニアたちのコミケ”である – マガジン航[kɔː]
magazine-k.jp/2018/11/05/gijut

ついでにdocker system pruneとかもしてたらVPSにリソース制限がかかってうんともすんとも言わなくなるなどしていたので停止時間が長引いてしまった.

docker-compose buildでコケてno space left on deviceって言われるので「んな馬鹿な」とdf -hしたら見事100%になってたため,古いバックアップファイルとかを削除して容量を確保してた.

実際,「(思想や芸術の)受容史」とか言った場合にイメージされるのは,賛同したり賞賛している事例ばかりを集めたものではなくて,それが与えた影響や後世からの様々な反応を取りまとめた歴史というものであるというのもある.

「積極的に認めている感じ」を表す方には《受諾,受理》とか(acceptanceに近い?)を用意できるので,《受容》をそれ自体としてはニュートラルな訳語として確保できると都合が良いのだが……

receptionを《受容》とすると「積極的に認めている感じになるから」という理由で難色を示されたけれども,自分の感覚としては「仮に最終的には棄却したり手直したりしているとしても,それもまた何かを受け止めた結果生まれる反応のひとつである以上,受容の一形態と考えられる」というのがあるのでちょっと納得できないところがある.

人が布団干してんのに晴れないとかいい度胸してるじゃん

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Ariadna

古典という迷宮の誰が辿るとも知れぬ糸
Niceratus Kiotensisが学術,とくに西洋古典文献学関係のメモとか書誌情報とかを細々と記録したりするためのおひとり様インスタンスです……が,卒鳥への動きに伴いもっと自由な運用になってきています.このインスタンスについてもっと詳しく.