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サイコロジー、サイコロについて研究するやつ :noway:

あと少しなんだがどうにも頑張れん(餅を食べながら)

器の視点から特別感を「カップ酒リデザインプロジェクト」 | Swings bulan.co/swings/iichi_redesign

「言語学史の中のヴィーコ」というのは面白い研究テーマかもしれない.

そもそも言語を人間の歴史的所産としてその例外的・個性的な現れを記述するのか,自然現象と同様に,つまりそこから法則性を取り出すことができるものと見なすのかという二つの態度が言語研究にはありうる.

ヴィーコが詩的言語を散文より先に起こったものとして,譬喩や言葉の象徴的用法を言語と文字の起源以来の機能であると考えるのは,何が嬉しいかというと,そうした言語の所産である歴史上の諸文献が,真理の探究のための研究対象として価値を失わないないですむ(これは真理の伝達に雄弁術は不要とするデカルト的な枠組では失われてしまうもの)ということがあるように思える.

岡口さんじゃん!
岡口基一『裁判官は劣化しているのか』 | 羽鳥書店
hatorishoten.co.jp/items/16375

「こういった趨勢の最大の不幸は、「いかに他人から評価されるか」ということが研究者を動かす大きな関心事になってしまっていることである……科学は本来『これを知りたい』『何が真理なのか』といった研究者の内にある純粋な興味から発する所に価値がある……そういった〝内なる真実〟ではなく、〝外なる評価〟が研究を動かすようになってしまった」
日本の科学研究が衰退している「2つの理由」(中屋敷 均) | 現代新書 | 講談社(2/2)
gendai.ismedia.jp/articles/-/5

写本の重みを考慮するとOとVが一致している感嘆詞oを取るのが非常にシンプルな「ラッハマンの方法」であるにもかかわらず,当のラッハマン本人さえoを「甚だ不適切valde ineptum」と評してeを採用しているほか,この判断に従う学者も少なくない.Timpanaroはそれに対して,「おおo」という感嘆詞が文法的にも文体的にも適切であることを非常に説得力ある仕方で論証している.なおoを採用した場合,tenebrisを前置詞のない奪格が場所・状況を表していると解釈することになり,《これほどの闇のうちにあってかくも輝く光を……》となる.

Timpanaro, S.(1960), `Lucrezio III 1', Philologus 104: 147-149 (= Contributi di filologia e di storia della lingua latina, 1978: 135-140).

ルクレーティウス『事物の本性について』第3巻は,一番最初の一文字について問題がある.

E tenebris tantis tam clarum extollere lumen
qui primus potuisti inlustrans commoda vitae,
te sequor, o Graiae gentis decus...
《これほどの闇のうちから,生の悦びを照らし出しかくも輝く光を掲げ得た最初の人,おおギリシア人の栄光よ,私はあなたに従う……》

最初の一文字eの代わりに,O写本とV写本は感嘆詞「おおo」を伝える一方,Q写本は空白のまま残されていて,おそらくは写字生が最初の一文字をrubricatorによって装飾させるため空けて残したところ,なされるべき仕事がなされなかったという事態が想像される.eを伝えるのは人文主義時代の一写本のみで他はoや,前置詞aであったりする.

見出しにラップぽさがある |
選挙で推薦、労使が癒着 正常化チャンス再三逃す 神戸市ヤミ専従問題 - 毎日新聞
mainichi.jp/articles/20190207/

スペイン語教えフランス語の単位 函教大准教授の懲戒「有効」 札幌地裁が請求棄却:どうしん電子版(北海道新聞)
hokkaido-np.co.jp/article/2747

前職時代、Gitの利用方法を同僚に教えるために作った、Gitを利用する際のフロー gist.github.com/igrep/55a2f3b6

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Ariadna

古典という迷宮の誰が辿るとも知れぬ糸
Niceratus Kiotensisが学術,とくに西洋古典文献学関係のメモとか書誌情報とかを細々と記録したりするためのおひとり様インスタンスです……が,卒鳥への動きに伴いもっと自由な運用になってきています.このインスタンスについてもっと詳しく.